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大阪高等裁判所 昭和41年(う)646号 判決 1966年7月15日

被告人 津谷雅一

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪簡易裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、大阪区検察庁上席検察官検事波山正作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、原判決は本件公訴を棄却し、その理由として、本件起訴状には被告人の住居、職業、公訴事実、罰条の各事項を、起訴状本文に記載せずして、司法警察職員の道路交通取締法令違反被疑事件報告書の記載を引用して、同報告書写を起訴状に添付していること、及び添付された同報告書写は、司法巡査が被告人の道路交通取締法令に違反する行為を現認した旨を上司に報告した書面の写であることが窺知できることを取り上げて、かような書類を起訴状に添付し、その内容を引用することは、略式手続が公判手続に移行した段階にいたると、刑事訴訟法二五六条六項に違反することが明らかであり、この違法は治癒の余地がないほど重大なものと解されるので、本件公訴の提起は無効であると説示しているが、原審の右の判断は刑事訴訟法二五六条六項の解釈適用を誤つたもので、その判断の誤りにより、同法三三八条四号の公訴棄却の原因に該当しないのにかかわらず、これに該当するとして不法に公訴を棄却したものであるから破棄を免れない、というのである。

よつて記録を調査するに、本件起訴状には、被告人の住居、職業、公訴事実及び罰条の各欄に「司法警察職員の道路交通取締法令違反被疑事件報告書記載のとおり」という記載があり(なお、公訴事実欄には「但し同報告書に犯状とあるのは公訴事実と読み替えるものとする」とのかつこ書がある)、右起訴状には、道路交通取締法令違反被疑事件報告書の用紙(事件送致書が共用できるようになつている)中、被疑者の氏名、生年月日及び職業欄に「津谷雅一、無職、昭和一一年七月二九日生、当二一年」、住所欄に「大阪市城東区三組町一八八番地」、犯罪の年月日時欄に「昭和三三年七月二三日午後九時三〇分頃」、犯罪の場所欄に「大阪市旭区大宮町五丁目八三番地先街路上」、犯状欄に「被疑者は前記日時場所において自動車が連続して通行し交通が相当にひん繁で危険であるにもかかわらず、灯火をつけずに二輪自転車に乗車して南から北に向つて通行していたものである」、適用条項欄に「道路交通取締法一一条、二九条一号、同法施行令二〇条、大阪府道路交通取締規則五条」とそれぞれ記載した書面が添付されていることが明らかである。そして、右用紙中「右の道路交通取締法令違反被疑事件を現認したので報告いたします」と印刷してある欄には、報告年月日、報告をし及び報告を受ける者の各官職氏名を記入し、報告者が押印すべき個所があり、本件書面には右部分の記入がないのであるが、本件起訴状の前記記載に徴し、殊に、本件は、検察官が被告人に対する道路交通取締法違反被告事件につき公訴を提起し略式命令を請求したところ、被告人から正式裁判の申立によつて公判手続に移行した事案であるから、裁判所は刑事訴訟規則二九三条により同規則二八九条記載の書類等を検察官に返還すべき必要上、当初本件起訴状に添付引用された司法警察職員作成の道路交通取締法令違反被疑事件報告書も右書類とともに検察官に返還し、その後検察官において右報告書に代えて前記報告書用紙に記入した書面を提出したものとみられる経過に照らせば、右書面の記載内容は司法警察職員作成の道路交通取締法令違反被疑事件報告書から前記事項だけを部分的に写したものと考えられ、従つて、原審が、この書面により「司法巡査が被告人の道路交通取締法令に違反する行為を現認した旨を上司に報告した書面の写であることが窺知できる」と判示したのは、そういう書面の部分的な写であると訂正して、これを是認することができる。しかし、本件起訴状に添付引用された書面は、単に部分的な、しかも、被告人を特定するに足りる事項、公訴事実及び罰条等起訴状に記載すべき事項を明らかにするため必要な範囲の写であると認められるものにすぎないから、証拠書類としての司法警察職員作成の現認報告書そのものが起訴状に添付引用された場合と同一に考えるわけにはいかないのであり、更に本件のような道路交通違反事件においては、警察官の違反事実現認が捜査の端緒となつていて、この種事件の起訴状を見れば、検察官の手もとにその公訴事実記載の違反事実にそう司法警察職員作成の現認報告書が存する程度のことは裁判官に当然予想されるのが通例であることを考慮すれば、前記のように本件起訴状に添付引用された書面によつて、司法巡査が被告人の道路交通取締法令に違反する行為を現認した旨を上司に報告した書面の部分的写であることを窺知できるからといつて、そのことから直ちに、裁判官に一方的な心証を形成させ、ひいては公正な裁判の実現を阻害するおそれがあるとはとうてい考えられないのである。されば、本件のように起訴状に他の文書の記載を引用することが相当ではないにしても、これをもつて刑事訴訟法二五六条六項の規定する予断排除の原則に違背するものとはいえないから、これと異なる見解に立つて本件公訴を棄却した原判決は、右条項の解釈適用を誤り、その結果有効な公訴提起の手続を無効と誤認し不法に公訴を棄却したものといわなければならない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三九八条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹沢喜代治 浅野芳朗 大政正一)

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